折木「(千反田が部活に来ない…)」

著者:2chSSまとめ

カテゴリ:氷菓

長編作品 (15016字)

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作品タグ: SS

5月の夕暮れ。

場所は我らが古典部の部室。

摩耶花「ちょっとふくちゃん!まだ話は終わってないんだから!」

里志「摩耶花、ちょっと落ち着いて。」

摩耶花「誰のせいで怒ってると思ってるの!」

里志と伊原が猛烈な言い合いをしている。発端は何だったか…忘れたけどまぁ、些細な事だろう。

ふと気になって時計を見ると、下校時刻が迫っていた。俺は読んでいた本に栞を挟み、席を立とうとする。

さぁ、帰るか。

…。

隣から視線を感じる。

…。そっと隣に目をやる。

ち、近い。

隣どころじゃない。

めちゃくちゃ近い。

いつからその体勢だったんだ。

俺は一歩下がって言う。

折木「…何だ千反田。」

千反田は一歩足を踏み出して言う。おい。折角俺が一歩引いたのに。

千反田「折木さん、あの2人のケンカ、止めなくて大丈夫でしょうか…。」

千反田の視線が近すぎて目のやり場に困る。さりげなく里志たちに視線を移しつつ、言う。

折木「何だ、そんな事か。あいつらは仲がいいから喧嘩をしてる訳だし、放っといて大丈夫だろう。」

千反田「そ、そうでしょうか…。」

折木「ケンカするほど仲がいい、って言うだろ」

千反田「言われてみれば、あの2人はいつもきちんと話をしてケンカしますよね。」

折木「冷戦状態とは無縁だな。」

千反田「素敵ですよね…あの2人のケンカは、きちんと、次に繋がるケンカです。」

折木「しないにこした事はないがな」

千反田「まぁ、そうですね…。」

千反田はそう言って再び、不安そうな顔で2人の様子を見守り始める。

…。

さて、帰るか。

俺は再度決意をする。

鞄を手に、起立!立席!前へ進め!

千反田「…おれきさん…。」

後ろで千反田が泣きそうな顔をしている。何もそこまでお前が気にする事はないだろう。そんな顔でこっちを見るな。

折木「千反田。こういうのは思い切りが肝心だ。見るから気になる。見なければ気にならない。」

千反田「ええ…まぁそうなんでしょうが」

折木「帰るぞ」

千反田「えっ」

回答を待たずに千反田の手と鞄を掴んで部室を出る。

千反田に、あいつらの喧嘩を見て見ぬふりする事が出来ない以上、さっさと帰るのが一番手っ取り早い。

これは俺の掲げる「省エネ主義」の信条に合っている。恐らく。

一階まで降りてくる途中も、千反田は後ろを振り返り振り返り…いや、だからお前がそこまで気負う事はないだろうが。

どっちにしろ下校時刻はもうすぐなんだ。

校務員が来て喧嘩は強制終了させられる事だろう。

校内は無音。

昼間の喧騒はどこへやら、静寂の中に居ると不思議な気持ちになる。昼の学校と夜の学校は、どうしてこんなにも雰囲気に差があるのか。

窓から外を見下ろす。夕暮れも近い。

下駄箱まで降りてきて千反田と一度別れる。

俺はA組、千反田はH組。2年に進級して、クラスが遠くなった。

教室や下駄箱の地理的条件から考えれば最も遠い事になる。

靴を履き替えて、玄関付近でしばし待つ。

…来ない。

更に待つ。

…来ない。

まさか、あまりにも完璧な俺の棒立ちっぷりに、人体模型や彫像の類と勘違いをして横を通り抜けてもう帰宅したか?

いや、それなら俺が気付くか。

…もしかしてあいつ、里志と伊原の様子が気になって再び部室に戻ったのか?

千反田なら、それならそれで俺に一言言ってから行きそうなものだが…

などと思慮を巡らせつつ、H組の下駄箱に歩を進める。

千反田発見。自分の下駄箱の前で、立ち尽くしている。

折木「千反田?」

千反田「っ!!!」

俺が声を掛けると、千反田は靴箱の扉を壮絶な勢いで閉めながら、どこかぎこちない笑顔で言う。

千反田「お、お待たせしてすみませんでした。暗くなってしまう前に、帰りましょう。」

折木「…ああ。」

ここまでが、1週間前の話。

俺が所属する古典部は、4階の地学準備室を部室として活動する文化部だ。

と言っても、何をする部活なのか定かではない。

俺にも分からん。誰にも分からん。

古典部は俺達の入学と入れ違いに部員が全員卒業してしまった為、廃部の危機だった。

だが俺や千反田、里志や伊原が入部した事で古典部は無事に存続できる事になり、千反田を部長に、部員は一丸となって部活動に励んできた。

ただ、一度部員がいなくなっているので、何をする部活なのかがいまいち定かではないのが玉にきずではある。

多くの場合、千反田は彫像を掘り、伊原はシャドーボクシングをし、里志は1人で組体操の特訓をして時間を潰している。

てんでバラバラだ。

ちなみに嘘だ。

読書や会話、勉強…俺達がする事はだいたいそれらに限られる。

要は…古典部は集まっても特にやる事がない。

部室にはそれぞれが行きたい時に行き、行きたくなければ行かない。行けば誰かがいるかも知れないし、いないかも知れない。活動内容が定かではないのだからそれは当然の事なのかも知れないが。参加に強制力は無い。

とにかく、古典部は俺にとってそこそこ、居心地が良かった。行きたい時に行き、誰かが居れば少し話したりもする。積極的に約束されないが連綿と続くもの、それがあの場所にはあるのかもしれないと。俺は、知らず知らずのうちにそう思っていたのかもしれない。

長々と説明を挟んだが、要するに何が言いたいかというと、

この1週間、千反田は古典部に姿を見せていないという事だ。

俺はA組、千反田はH組。

普通に学校生活を送る上では、なかなか偶然会う事も無い配置だ。

俺はあの放課後以来、千反田の姿を見ていない。

部活動の参加に何の強制力も無い以上、何も言えないとはいえ、気にはなる。

…何か、あったんだろうか?

古典部の部室で、伊原が言う。

摩耶花「ここ1週間、ちーちゃんを見ないんだけど…」

里志「僕も全く会わないや。」

摩耶花「何かあったのかな…」

俺は小説のページをめくる。

里志「部活にも全然来ないしね」

摩耶花「いつもはちーちゃんが一番部室に顔出すのにね…」

俺は更にページをめくる。

摩耶花「逆に、折木がここ1週間毎日部室に居るのも何か違和感あるけどね。」

俺は更に更にページをめくる。

里志「ホータローは週2か週3が基本形だもんね。何で居るの?」

居たら悪いみたいな言い方はよせ。

摩耶花「まさかちーちゃんに会いに来てるとか?」